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意外に頑張る安倍首相

 経済政策を巡る今年後半の最大のトピックは、かなり早い時点から、消費税率を2014年度から予定通りに8%へと引き上げる決定を行うか否か、だった。この問題は、今後のマーケットの行き先を予想するうえでも、重要だ。

 このテーマについて、すでに筆者は、6月に行われた新経済連盟の「アベノミクス・フォーラム」で、パネルディスカッションの進行役の権限を利用して、パネラーの一人だった竹中平蔵・慶応義塾大学教授に「消費税は、どうすべきか?」と質問している。

 これに対して、竹中氏は、おおむね次のように答えた。「自分(竹中氏)は、今まで消費税率の引き上げに賛成したことはないし、消費税率を引き上げずに財政再建はできる。しかし、今回は、皆さんが『消費税率は引き上げられる』と予想しているから、今からそうしないと決めるのは大変でしょう」。

 政治を見る感覚が極めて優れている竹中氏が、自ら「必要ない」という消費税率引き上げに関してこう言うのだから、「予想の問題として」、消費税率の引き上げは避けられないのだろうと筆者は思っていた。

 率直にいって財務省の力は強い。どの政治家も財務省を敵に回したくないだろう。思い起こすと、かつて国民から絶大な人気を得ていた小泉純一郎元首相も、在任中、財務省には敵対しなかった。彼は勘のいい人だったから、負ける相手(財務省)とは喧嘩しなかったのだろう。

 ところが、この予想に反して、消費税率引き上げは、なかなか決まらない。主に安倍首相と菅義偉官房長官のお二人らしいのだが、官僚が誘導しようとしている消費税率引き上げに対して、警戒心をお持ちのようだ。経済の先行きをよく見て判断するとして、なかなか決めない。

 正直なところ、安倍政権がここまで頑張るとは思っていなかった。安倍ブレーンとされる浜田宏一エール大学名誉教授や、その他の方々の影響力が大きいのかも知れないが、現在最大の権力を持っていると目される財務省に敵対しかねず、消費税率引き上げの先送りの可能性を見せ続けていることは意外だ。

 では、消費税率はどうすべきなのか、そして、現実問題としてどうなるのか。

「べき論」としては、消費税は上げるべきでない

 筆者は、消費税率について、来年度の引き上げ見送りを判断するのがいいと考えている。その根拠は以下の通りだ。最大の理由は、「増税」である消費税率引き上げが、需要の縮小につながる可能性が大きく、少なくとも余計なリスクであり、デフレ脱却のためのアベノミクスの指向するところに逆行するからだ。

 国民が、「増税は遅かれ早かれやって来るものなので、早く行われても消費行動を変えない」といった「超合理的判断」をするので、消費税率引き上げが経済にマイナスの影響を与えない可能性は、理屈上はあるが、そこまで(非現実的なまでに)合理的ではないとすると、消費税率の5%から8%への増税は、景気になにがしかマイナスの影響を及ぼすだろう。

 消費税率を巡る議論でよく話題になるのは、1997年の消費税率引き上げの影響だ。結果論からいうと、その後税収が落ち込んだのだ。ただし、この年には、三洋証券と北海道拓殖銀行の破綻、山一證券の自主廃業発表、さらに翌年には日本長期信用銀行の破綻と、日本のバブル崩壊による金融システムの緊張が最も大きくなった時期と重なっていて、この時期の景気の落ち込みが、どの程度消費税率の引き上げによるものなのかは判然としない。

 しかし、この時の消費税率引き上げによる「増税」に、景気に対してなにがしかのマイナス効果があった可能性は否定できない。予定されている2014年度の消費税率引き上げにも、景気に対して何らかのマイナス効果が生じる可能性は否定できない。

 だとすれば、デフレ脱却が本当に重要な政策目標であるなら(筆者はそう思うが)、消費税率引き上げは先送りするのが「妥当」であり、少なくとも「無難」だ。国民の「超合理性」に賭けて、敢えて来年度に増税するリスクを冒すのは愚かだ。

増税見送りのリスクは小さい

 消費税率の引き上げを見送ることを決めた場合には何か不都合が起こるのだろうか。この場合に「まずいこと」が起こる可能性が小さいなら、増税のリスクを避けることが合理的だ。

 増税賛成派が主張する最大の懸念は、長期金利の高騰、即ち国債暴落だ。「日本の財政赤字は大きく、未曾有の水準だ。にもかかわらず、日本の国債が低利回りを保っているのは、消費税率の引き上げの余地が大きくあると市場参加者が見ているからで、消費税率の引き上げが見送られると、財政再建を実行する意思が疑われて、国債が暴落しかねない」というのが、彼らが語る典型的なストーリーだ。これは、本当に心配するに値する展開か。

 一般論として、累積財政赤字の拡大が問題になるチャネルは、(1)長期金利上昇、(2)インフレ、(3)自国通貨安、だ。それでは、現在のマーケットを見ると、長期金利は世界的に最低水準で、インフレ以前にデフレが問題で、出来ればもっと円安にしたい、というのが日本の現状だ。

 加えて、最も心配される国債市場を子細に見るとして、ここしばらく消費税率引き上げが行われるか否かが議論される状況で、長期金利は0.8%前後で落ち着いている。これは、消費税率引き上げの見送りが一大事なら、あり得ない安定ぶりだ。

 消費税率が引き上げられれば景気はスローダウンし、デフレ脱却は遠のく。その場合、デフレないし低インフレの中で長期金利が大幅に上がってくれるなら、喜んで国債を買いたいというのが、多くの銀行、生保、年金基金などの運用事情なのである。

 将来、高齢者が貯蓄を取り崩すようになった場合に、この需給の状況が変化する可能性はあるが、現在は信用リスクの小さい確定利回りの対象に対する運用資金の需要は旺盛だ。

消費税に関する「正しい結論」とは?

 消費税率引き上げを一年先送りすることに関するリスクは小さく、一方で、消費税率引き上げに伴う景気へのマイナス効果がデフレ脱却を困難にするリスクは大きい。シンプルで正しい政策は消費税率引き上げの当面一年先送りだろう。

 「1%ずつ段階的に引き上げる」といった、新たな法案の通過を要し民間の対応が面倒な「細かすぎる!」選択肢を気にしないで、政治判断で「1年先送りして様子を見る」と決めるのがシンプルでいい。

 経済政策として「消費税率引き上げの先送り」の初年度の効果を考えると、「増税が予定通りに行われた状態」と比較するなら、国民に対して約8兆円(消費税率1%=2.7兆円)の減税効果となる。消費性向を0.5程度と見込んでも、「増税が予定通り行われた場合」と比較すると、GDPを0.8%程度引き上げる景気対策だ。

 一方、報道によると、消費税率を引き上げる場合の景気対策として、公共投資その他の財政出動(補正予算だろうか)や、法人税の減税、あるいは設備投資減税などが検討されているらしい。新聞などで、観測記事的報道が散見される。しかし、当面賃金の上昇は遅れざるを得ない状況下で、インフレへの転換を目指しているのだから、勤労者をはじめとする国民に広くキャッシュを返す効果を持つ消費税の減税は適切な政策だと考えられる。

 つまり、消費税率を引き上げないのが最も良いということだ。

 消費税率の引き上げを決めて、その悪影響を相殺するために補正予算を組んで公共事業に支出するといった、急ごしらえの財政支出拡大をやるべきではない。

 そもそも、消費税の引き上げとセットで景気対策の話が出てくること自体、財務省も、財政再建を緊急の課題だと見ていないということだろう。彼らが求めているのは、彼らの権限の源である将来の予算の支出の裏付けを拡大することなのではないか。

私の、消費税に関する「予想」

 黒田日銀総裁は、先般行われた金融政策決定会合後の記者会見で、消費税率を引き上げても経済が成長することと、財政規律の堅持が金融政策の有効性確保に対して必要なことを強調した。端的にいって、消費税率は引き上げても大丈夫だし、引き上げるべきだ、というメッセージを発した。

 これをどう取るかに関しては、複数の解釈が可能だが、財務省出身で同省の実力を知る黒田氏は、現実的に消費税率の引き上げが行われる公算が大きいと考えて、「消費税率が上がっても大丈夫だ」というメッセージを発したのではないだろうか。

 一方で、参院選で大勝して政治的な力を増したはずの安倍首相が「政治家らしく」消費税率引き上げ先送りを決めてくれるといいと思いつつも、純粋な予想の問題としては、現実問題として財務省は強いので、消費税率の引き上げが決まるだろうと「予想」する。現実を想定するに、財務省の要職にある官僚さんの気持ちとしては、消費税率の引き上げは、将来出来ればいいというのではなく、自分がその地位にいる「今でしょ!」ということなのだろう(気持ちは分からなくもないが、迷惑だなあ…)。

 消費税率の引き上げが決まる場合、財政の側からも、投資減税や法人税率引き下げといったダメージ・コントロールが行われるだろう。また、国民から見て、そもそも増税は遅いか早いかの問題なので、消費税率引き上げの景気へのマイナス効果は案外小さいかも知れない。また、そもそも現時点では、消費税率は予定通り上がるとの見方が多数派であり、市場にもそう織り込まれているだろう。

 マーケットに対する大きな見方として、デフレ解消を目指す金融緩和によって株価を含む資産価格は上昇傾向を辿るだろうという見方を変える必要はないと考えるが、消費税率引き上げが行われた場合の景気へのマイナス効果が意外に大きくなるリスクについては考慮に入れておきたい。これを相殺する金融政策・財政政策もある程度は可能なので、現時点で絶望する必要はないが、注意は必要だ。

 もちろん、消費税率引き上げを見送るなら、安倍首相は、官僚には出来にくい判断を国民のために行う立派な政治家であるといえる。

 

 

「消費増税は中間層を貧困にする愚策」と気鋭の女性経済学者

2013.08.16 07:00

 

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【「消費税はいびつで不公平な制度」と岩本沙弓さん】

 

 来年4月に予定されている消費税増税だが、安倍総理は有識者会合を呼び掛けるなど税率アップの最終判断を下していない。側近の経済ブレーンから増税に慎重論が出るなど、その是非については政府の腹も決まっていない状況だ。

「そもそも消費税はスタートしたときから、いびつな制度である実態すら国民が知らないままで、ひたすら増税ありきでいいのでしょうか」と、税制そのものの欠陥を指摘するのは、国際金融市場に精通する大阪経済大学客員教授の岩本沙弓氏。そのカラクリについて解説してもらった。

 * * *
 消費税を引き上げるかどうかは、いずれ閣僚会議で決定されますが、私は消費税制そのものに反対の立場を取っています。

 それは最終消費者から税金を徴収するのが悪いとか、税金を払いたくないから言っているのではありません。税制度としていびつで不公平なまま、導入したり引き上げをしたりするのがそもそもおかしいと考えているのです。

 たとえば、お医者さんの場合、診療報酬は非課税で患者さんからは消費税をとりません。でも、白衣や脱脂綿、薬などはお医者さん側が消費税分を負担しています。診療に必要なものだから当然だろうと思われるかもしれませんが、その一方で支払った消費税が戻ってくる業界もあるのです。業界によって差があるのは税制として果たして中立と言えるのか。

 輸出企業には支払ったとされる消費税は還付金として戻すという仕組みになっています。どういうことか説明しましょう。

 消費税はその商品が消費される国で課税する、というのがGATT(関税および貿易に関する一般協定)の原則です。日本の輸出企業が完成品をフランスに輸出すれば、フランスで付加価値税(消費税に相当)19.6%が課税されます。

 日本の輸出企業はフランス向けの製品を仕上げるために日本国内の下請け業者から部品を調達しています。その際には、国内の下請け企業に対して、製品の価格+消費税を支払っていますので、GATTの原則に則れば、国内で支払った消費税はゼロになるよう調整されます。それが輸出還付金となります。

 輸出還付金の総額は、2012年度の予算で試算すると約2兆5000億円。その半分は輸出企業の上位20社に渡っています。消費税の歳入は年間 10兆円なので、およそ4分の1に相当する金額が大企業に還付されています。還付金は消費税率を上限として渡されますので、消費税が5%から10%となれば単純計算ではありますが、5兆円が輸出企業に渡されることになります。

 問題は果たして輸出企業が下請け企業にきちんと消費税を支払っているのかという点です。

 本来、下請け企業にしてみれば100円で売らなければ採算が取れないものを80円に値切られてしまえば、輸出企業は80円プラス消費税5%を払うだけです。輸出企業は20円得したうえに5%の還付金まで戻ってくるわけです。一方、下請け企業は20円分の収益がなくなってしまいますので、大変苦しい状況に変わりはありません。

 このように消費税は価格に埋もれてしまうという特徴があります。会計処理上問題はなくても、大手が中小・零細企業に納入品価格の値下げの要求をする「買い叩き」の実態やお金の流れそのものに着目する必要があるのではないでしょうか。

 今年5月に「消費税還元セール禁止法案」が通り、大手小売業が反対したのは記憶に新しいでしょう。一見すると消費増税分を値上げしないとする小売業の姿勢は庶民の味方のように思えますが、むしろ消費税分の値上げをしなかったしわ寄せは、大手小売り業者に製品を納入する下請け業者へといき、製品そのものの買い叩きにつながる。

 つまり、大手企業による中小零細企業への製品そのものの値切り、買い叩きは恒常的に存在していることを政府ですら認めたという何よりの証拠でしょう。そうでなければわざわざ法案まで通す必要はありません。

 消費税を導入してから20年あまり、この間政府の税収は一向に増えていないにもかかわらず、そして今後消費税を増税しても税収が増加するのか疑問視されている中で、輸出企業への還付金だけは確実に増えるというおかしな状況となります。

 一握りの大企業が儲かれば、ひいては日本の経済をよくして国民全体の生活も次第に豊かになると信じている人もいるかもしれません。かつてはそうした時代がありましたが、グローバル化が進む状況では、なかなかそうはいかないというのは、景気が上向いても給与がひたすら下がった2000年代で我々は既に経験済みです。

 いま実体経済の回復がまだまだ伴っていない状態で消費税を引き上げれば、1%のグローバル大企業と残り99%の庶民の格差は広がるばかりです。

 消費税の計算の仕方は、(売上高―経費)×税率5%となっています。つまり、経費の金額が大きくなればなるほど、納税額は少なくなります。ここで重要なのは、経費の部分に非正規雇用の人たちの給与を入れることができる点です。人件費を安くできるうえ、節税にもなるため、非正規労働者がさらに増えやすいということになります。

 非正規が全労働者の約4割も占める状況が問題となっている現状で、消費税がさらに上がれば、これまで年収400~600万円で雇われていた中間層の正社員が非正規社員になる割合が増え、賃金ベースも落ちていくのではないかと危惧しています。

 最高益を上げている日本の輸出企業でも、日本にほとんど投資をしないし賃金も上げない。円安効果は「まだ分かりません」と国内に利益を還元しようとしない状況です。

 給与が上がらないまま円安がさらに進めば、ジワジワと生活へのプレッシャーがかかってくるのは当然です。すでに、ガソリン価格の上昇とそれにつられてモノの値段が次々と上がっていることで、そのことを実感している人は多いでしょう。

 景気が立ち上がらないままインフレになることは「スタグフレーション」とされますが、それにさらに中間層が疲弊して貧困化する現象は「スクリューフレーション」と称されます。そんな状況に追い込まれる中、わざわざ消費意欲をさらに減退させ経済活動の足を引っ張ることになる後ろ向きの消費増税が必要なのでしょうか?

 一方的に徴収されるばかりで、消費税の使い道は不公平。しかも、消費税だけでは財政も改善しないことは、過去20年の歴史が物語っています。ならば、もう少し内需拡大を促す税制度そのものの在り方を、いま一度議論し直すことが必要だと思います。

【岩本沙弓/いわもと・さゆみ】
経済評論家、金融コンサルタント。1991年から日米豪加の金融機関でヴァイスプレジデントとして外国為替、短期金融市場取引業務に従事。現在、金融関連の執筆、講演活動を行うほか、大阪経済大学経営学部客員教授なども務める。近著に『バブルの死角 日本人が損するカラクリ』(集英社新書)などがある。 http://www.sayumi-iwamoto.com/