弥縫策ではもう誤魔化せない〔PHOTO〕gettyimages

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【インタビュー・大野和基(国際ジャーナリスト)】

世界全体を牽引する「一大強国」はもういない。先進各国も新興国も同じように頭を抱えている。勝ち組なき時代--この先にはどんな世界が待ち受けているのか。経済学の泰斗が鮮やかに読み解く。

■利上げは絶対に「NO」だ

2016年の世界経済を見通すとき、急失速しつつある中国経済の行方に加えて、アメリカの「利上げ」が大きなテーマになってくることは間違いないでしょう。

FRB(連邦準備制度理事会)が利上げに踏み切った場合、アメリカ経済、さらには世界経済全体にどのような影響を与えるのか。利上げというのは一度で終わるものではありませんので、それを継続的にやっていけるほどに、アメリカはすでに強い経済になっているのか。

政策当局者たちも、マーケット関係者たちも、この利上げという一大イベントに多くの関心を寄せています。最近では、「もう利上げをしてよいタイミングだ」という早期利上げ容認の声が大きくなっていますが、これが非常に気がかりです。

私は11月初旬、アメリカの雇用統計が発表された際に、こう言いました。

「雇用統計の良好な結果を受けて、FRBは来月に利上げをするのだろうか?おそらく答えは、『YES』だろう」

しかし、同時に、こうも言いました。

「では、FRBは利上げをするべきなのか? その答えは、明確に、『NO』といえる」

利上げを急ぐことは非常に危険です。詳しくは後で述べますが、ここで間違えれば、大きな混乱を招きかねません。

もちろん、世界経済を取り巻く不安要素は、それだけではありません。

先ほども述べたように、失速する中国経済はどうなるのか。さらに、揺れる欧州経済に再生の道はありえるのか、リセッション(景気後退)寸前に陥っている日本は立ち直れるか。問題は山積みです。これらをうまく乗りきらなければ、2016年は大変厳しい年になってしまうでしょう。

■ヨーロッパ経済はひどい

まずはつい先日、ECB(欧州中央銀行)が追加金融緩和を発表したヨーロッパ経済の話から始めましょう。

ヨーロッパ経済は、相変わらずひどい状況と言わざるをえません。

たとえばギリシャ。大恐慌よりも深刻な状態で、回復の希望はまったく見出せません。スペインの経済もようやく上向いてきたと言われていますが、失業率は20%以上と非常に高いままです。

北ヨーロッパも「経済低迷地帯化」しています。フィンランドは南ヨーロッパと匹敵するくらい不景気ですし、デンマークとオランダの経済も最悪な状態です。

このほどフランスの地域圏議会選挙では、極右政党が躍進しました。背景には移民、難民、テロなどの問題が複雑に入り組んでいますが、経済問題も大きな背景の一つであるという点に注意を払うべきです。1930年代における極右の台頭を分析した研究があるのですが、そこでは経済的要因-特に長引く不況-が問題だったとの分析結果が出ているほどですから。

私にはヨーロッパ全体の低迷が、欧州統合という壮大な計画の正当性を浸食しつつあるように映ります。ヨーロッパの政治家たちが正しい政策を実行しない限り、この状況から脱することはできないでしょう。

実際、ECBのドラギ総裁は死に物狂いで景気を上向かせようと金融政策をやっています。が、各国では「独善的な政治家」が歴史の教訓を無視した政策を続けているのが実態です。

■中国はどうか

中国経済は、ヨーロッパ同様にひどい状況にあります。

中国は、私がこれまで何度も指摘してきた通り、公表される数字が信用できません。中国政府はGDP成長率が7%前後だと発表していますが、実際の数字は公表される数字の半分以下である可能性すらあります。

11月末、IMF(国際通貨基金)が中国の通貨・人民元の主要通貨入りを決定しました。これをもって、次のように語る専門家がいました。

「かつて世界の基軸通貨がスターリング・ポンドからドルに変わったのと同じようなことが、いま人民元に起きている」

「アメリカが超大国の地位にのぼりつめる上で、こうした通貨の地位向上は決定的な要因だった」

皆さんも、こうした話をよく耳にするでしょう。しかし、これは現実をまったく理解していない意見なので、注意すべきです。

まず、人民元が主要通貨入りしたからといって、中国の実体経済にはほとんど影響はありません。さらに、アメリカが超大国になったのはその経済自体が巨大化したからで、ドルが基軸通貨になったことによるものではないのです。

そもそも、人民元が主要通貨入りしたからといって、人々は人民元を現金で持ちたいと思うか、また人民元建ての債券を持ちたいと思うか。まったくそんなことはないでしょう。

現在の中国は、かつての日本よりもさらに極端な投資バブルの状況にあり、それが弾ける寸前のところまできているのです。企業や地方自治体は、返済能力を大きく超える債務を抱えています。

これが破裂すれば、日本で起きたバブル崩壊よりはるかにひどい状況になるでしょう。そうなれば、「隣国」である日本への悪影響も甚大なものになるのです。

■安倍首相へのアドバイス

では、その日本経済はどうか。

私は昨年、安倍晋三首相と直接会って、アドバイスをする機会がありました。その場では、安倍首相に、消費税の増税を中止するようにアドバイスしました。実際、安倍首相がその後に増税中止の決断をしたので、ホッとしたものです。

しかし、日本ではいま再び消費増税の動きが出てきています。これは絶対にやってはいけないことで、危ない兆候だと危惧しています。

なぜかといえば、日本は日本銀行が金融緩和をすることで、円安になり、株価が上がり、ようやく経済が上向きになろうとしているところです。

円安の効果が実体経済に現れてくるには、時間がかかる。その効果が出てくるのを待たずに、むしろ消費増税で水を差すというのはもってのほかです。アベノミクスが成功する確率は現時点では50%ですが、消費増税をすればこの成功確率はさらにグッと下がってしまうでしょう。

そういえば最近、私が日本銀行の金融緩和策について、「考え方を変えた」などと、メディアで報じられています。そのことについて、お話ししたいことがあります。

■日銀のクロダは臆病だ

クルーグマンはかねてより、日本銀行が大胆な金融緩和策を取るべきだと主張してきた。が、今年10月、現在の日銀の政策について疑問を呈するようなブログ記事を掲載。「心変わりをした」と、一部の海外・国内メディアなどで騒がれている。

私は「心変わり」などしていません。アベノミクスの金融緩和策の強力な支持者です。そもそも、われわれのような欧米の経済学者が唱え続けてきた政策に、やっと日本銀行が取り組むようになったのが現実です。

一方で、現在の日銀は、「臆病の罠」という問題に直面していると考えています。黒田東彦総裁は「2%のインフレ目標」を掲げていますが、実際に2%のインフレ率を達成するには、私は「4%のインフレ目標」を掲げるべきだと考えます。

金融政策で大事なことは、多くの国民に物価が上がるということを信用してもらうことです。言い換えるならば、4%という大胆な目標を掲げて初めて、2%の物価上昇が実現できるわけです。

それが、黒田総裁は2%という消極的な目標設定をしているので、物価上昇率は1%以上にも達しない。金融緩和という政策自体は妥当なものでも、その実行の仕方が中途半端なため、経済的にも政治的にも裏目に出かねないわけです。

見てきたように、ヨーロッパ、中国、日本はもがき苦しんでいます。一方、そうした各国と比べて、好調に見えるのがアメリカ経済です。失業率は下がってきているし、賃金の伸びが回復しつつある。

こうした状況を受けて、利上げ早期容認論者の人々が、「アメリカ経済は回復したので、利上げをしても大丈夫」と主張しているわけです。

しかし、アメリカの好調さは、相対的に良く見えているにすぎません。あくまで沈む各国に比べて相対的に、なのだという点をおさえておかなければいけません。

早期の利上げを主張する人たちは、雇用の統計が改善していると言いますが、現実はまだ完全雇用にはなっていないし、賃金もフラットのままです。

こういう状況で利上げを急げば、雇用が悪化し、消費は落ち込み、せっかく良くなってきた経済が再び冷え込んでしまう。もし利上げを急げば、アメリカでは日本が2000年代に経験したのと同様の悲劇に襲われることになります。

ご存じの通り、日本では'00年8月にゼロ金利解除という利上げを行いました。小幅な利上げでしたが、結果として日本経済に大打撃を与える大失策となりました。FRBの人たちはいまこそ、この日本の教訓から学ぶべきなのです。

もしFRBが利上げを急げば、アメリカは長い低迷に突入していくことになるでしょう。そうして経済を痛めてしまえば、次にこの間違いを取り返すための術は見つけられなくなる。日本が2000年代に経験したように、です。

アメリカも中国も、ヨーロッパも日本も、正しい政策が実行されなければ、さらに状況が悪化していきます。われわれはそんなリスクに直面しているのです。2016年は、世界中がもがき苦しむ年になりそうです。

「週刊現代」2015年12月26日より