SSブログ

TPPがもたらす巨大な利益 [TPP 反対]

    

TPPがもたらす巨大な利益

イェール大学名誉教授・内閣官房参与 浜田宏一=文

当事者は「何も教えられません」の一点張り

昨年10月、アトランタでの各国閣僚会合において、TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉が大筋で合意に至った。TPPは米国、カナダ、日本などアジア・オセアニア・南北アメリカの12カ国が、貿易・サービス・投資など計21分野について、市場の自由化を目指す協定である。

合意した内容を貿易面で見ると、たとえば日本から米国への輸出自動車部品のうち8割の品目の関税が即時撤廃され、米国の乗用車関税2.5%も、発効から約25年後に撤廃。カナダも日本から輸入する完成車への関税6.1%を、5年の猶予期間の後に撤廃する。日本も2328品目の輸入農林水産物の8割にあたる1885品目で関税を撤廃するなど、分野が多岐にわたるだけでなく、内容的にも踏み込んだものだ。


浜田宏一氏

多くの業界の利害と関わるので、交渉中の当事者たちの口はきわめて固く、内閣参与の立場にあった私に対しても「何も教えられません」の一点張り。TPP交渉のため個人的に来日した米国の関係者に話を聞こうとしても、「何も隠し立てすることはない」とは言いながら、何一つ教えてはくれなかった。

推測ではあるが、甘利明TPP担当相(当時)は心身ともお疲れだったと思う。交渉代表の鶴岡公二氏(TPP政府対策本部首席交渉官)も渾身の努力をされていた。交渉開始から2年間、ほとんど休むこともなかった当事者の方々に、心から喝采を送りたい。

実際に成立したTPPの内容に基づく公式の経済効果の試算はまだ出ていないが、PECC(太平洋経済協力会議)は、関税撤廃や投資・サービスの自由化によるTPPの経済効果を、日本を例に取って「約10兆円、実質GDPが2%底上げされる」と試算している。協定締結後、長期にわたり継続する性質のものなので、その経済効果は非常に大きい。

日本の貿易額に占めるFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)のカバー率を引き上げることはアベノミクス「第三の矢」の目標の1つだが、その中でもこのTPP交渉をまとめたことは、鍼灸に例えると、体質改善のために日本経済の身体に1つ1つ打つべき“針”を、一気に多数打てることになるわけで、構造改革の強い追い風になるだろう。

TPP交渉は2010年3月、当初は米国や豪州など8カ国の間で始まった。日本が正式にその交渉に参加したのは、それから3年以上も後、安倍政権誕生後の13年7月のことである。安倍政権のTPPへの前向きな取り組みは、理詰めに考えて、TPP参加が日本にとって大きな利益があると考えられたからこそであり、それゆえに政府は日本国民の利益のために根気よく交渉を続けてきたのだということを、国民の皆さんにはぜひ理解していただきたい。

クリントン候補がTPP反対を公言した理由

そもそも、関税等の国家の介入を排除して物とカネを行き来させる自由貿易と、その真逆である保護貿易は、どのような得失を伴うのか。経済学の世界では、この問題について19世紀初頭から現在まで、約200年にわたる議論が続けられてきた。

19世紀の英国の経済学者デビッド・リカードは、「各国がそれぞれ優位性を持つ産品を輸出し、そうでない産品を輸入することで、全体としての経済厚生は高まる」と説く、「比較優位の原理」を唱えた。

この原理は現代でも有効だ。貿易の盛んな二国間において、もし一国が自国の弱い産業を保護すべく関税障壁を設ければ、相手国も同様に、弱い分野の関税を上げるだろう。その結果、両国間の貿易は全体として縮小し、2つの国の経済はどちらも不利益を被ることになる。


図を拡大

“合理的判断”が損を招く「囚人のジレンマ」

相手を信頼せず、自らの目先の利益を守ろうとすると、互いに協力すれば得られたはずのより大きな利益を失ってしまう……ゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」である(図参照)。

反対に、両国が「自由貿易は全体としてお互いの利益になる」ことを信じて、国内の一部の産業の損害を受け入れて全分野の関税を引き下げれば、両国の経済はそれぞれの得意分野にシフトしつつ、全体としてどちらも発展することになる。

とはいえ、保護状態から自由化が進むと、他国産業との競争により、比較優位のない産業はどうしても不利益を被る。日本でいえば、米作や畜産業などがそれに相当する。

不利益を受ける分野については、給付措置などにより救済しつつ、国全体として経済活動を活発化させ、日本のGDPを増やしていくことが必要だ。これは純粋な経済学というよりは、政治経済学の問題であり、大筋合意後の重要な問題である。

次の問題は、TPPの合意内容が、おのおの持ち帰った本国の議会できちんと批准されるかどうかである。

日本の場合は、最近は安保法案などで批判が強まってはいるが、安倍政権が政治的に比較的安定しているため、順調な批准が期待できる。

しかし米国はそうではない。民主党の次期大統領候補として有力なヒラリー・クリントン氏が、「TPPに反対に転じた」という報道があった。そこには米国の政治事情がからんでいる。次の大統領選挙で民主党大統領候補の座を確実にしたいクリントン氏としては、同党の大きな支持団体であるUAW(全米自動車労働組合)の支持を必要とする。しかしUAWは、完成車や自動車部品の輸入関税が引き下げられる予定であることから、TPPには反対している。このためクリントン氏は、UAWに迎合して発言を変えたと考えられる。

しかし、米国在住の私の周囲の経済学者たちに尋ねても、「TPPは米国経済にとって大きな贈り物だ」という意見が多い。米国側は自動車部品の関税を数%下げる程度で、ほとんど譲歩せずに済んだ。逆に貿易相手国は、たとえば日本が現行38.5%の牛肉の関税を段階的に4分の1以下まで下げるというように、大きな譲歩を強いられている。米国が力を入れている知的所有権の保護も、多くの国で強まることになる。トータルで見てTPPは、米国に大きな利益を生む協定なのだ。

にもかかわらずクリントン氏がTPP反対を公言したのは、TPPで利益を得るはずの多くの人たちの声よりも、損を被る少数の団体の声が政治的に強いからだ。社会学者マンサー・オルソンの命題「小さい団体のほうが政治力が強い」の一具体例だ。

TPP交渉が国内諸勢力の反対に曝されてきたのは、実は米国も同様だ。TPP交渉妥結に不可欠とされたTPA(貿易促進権限)が、ようやく議会からオバマ大統領に与えられたのは、交渉が6年目に入った今年の6月末のことだ。それまで認められなかったのは、米議会下院で第一党を占めてきた共和党がTPPに反対してきたからである。しかも、与党ではなく野党共和党がこの権限を与えたという、強烈なねじれ現象が起きている。

本来、米国では自由貿易に熱心なのが共和党、国内産業保護の傾向が強いのが民主党だった。その共和党が当初TPPに反対していたのは、実は「TPPを結んだ」という実績を民主党のオバマ政権に与えたくなかったためだとみられている。

第二次大戦に繋がった経済のブロック化

ただ、米国の政治家もそう無能ではない。クリントン氏にしても共和党にしても「TPPは基本的に米国の利益になる」という認識は共有しているはずだ。水晶玉は持ち合わせぬ身だが、米国でも批准は無事行われるとの見立ては楽観的にすぎるだろうか?

日本では、「市場の自由化を進めると、格差が拡大する」という理由でTPPに反対する人が少なくない。

確かに国全体として豊かになっても、そのおかげで困っている人たちが必ずしも豊かになれるとは限らない。ただ、全体として豊かになっていけば、それだけ困っている人たちを助ける余力が生まれる。どんなに素晴らしい福祉政策も、政府に予算がなければ行えない。経済の発展より格差をなくすことを優先し、「乏しきを憂えず等しからざるを憂う」という政策を実施すれば、国全体が貧しくなり、また個人の努力や創意工夫が正当に評価されない、非常に閉塞的な社会になってしまうだろう。

TPPによる貿易自由化でミルクやパンの値段が安くなれば、より家計が助かるのは貧しい人たちである。今の日本の農業政策のように、国内農家の保護のためにコメをはじめ農産物の価格を高値に維持するやり方は、貧しい人たちの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。

TPPに対する批判には、「TPPのように限られた国の間で協定を結ぶのではなく、WTO(世界貿易機関)の下で、世界全体でルールを決めるべきだ」「中国やロシアを除外するTPPは、世界経済のブロック化を進める」というものもある。

確かに、全世界が共同で自由化を進めることができれば理想的である。だが現実には、WTOにおける交渉が頓挫してしまったために、各国はやむをえずTPPに向かった経緯がある。国々による互いに排他的な経済ブロックの形成は、大恐慌から第二次大戦に繋がった1930年代を想起させるが、TPPは新規参加国に対して門戸を閉じる協定ではない。あくまでも開かれたシステムなのだ。

二国間や地域間の経済協定が中心である現在の世界経済を、貿易論の権威、ジャグディーシュ・バグワティー氏は「ボウルの中のスパゲティ」と批判的に表現したが、私はその場で「スパゲティもそのうち融け合って、ラザニアになるかもしれない」と応じた(「コーイチはイタリア料理を知らない。スパゲティとラザニアの作り方は最初から違うのだ」と再び反論されたが……)。

TPPは、いわば自由市場のショーウインドウだ。参加国が経済的に大きなメリットを受けているのを傍から見れば、「我々も加わりたい」と多くの国が思い、自由貿易地域が広がっていくことになる。すでに、TPPの成功を見越して、日中韓協定を早めようとする動きが生まれている。いずれは中韓両国もTPP自体に参加するようになれば、世界を1つの市場にする方向の動きとなりうる。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。