在日米軍の三沢基地に所属するF-16が、雪深い日本の山あいを縫うように低空飛行する動画が注目を集めました。実はこれ、この部隊が負うほかの部隊とはひと味違う任務が関わっていると見られます。そもそも、これほど低く飛んでいいものなのでしょうか。

雪の山間をカッ飛ぶF-16

 2018(平成30)年4月2日、動画投稿サイト「YouTube」にアメリカ空軍三沢基地所属のF-16「ファイティングファルコン」が、岩手県の山間部上空を低空飛行する映像が公開され、大きな反響を呼んでいます。なぜアメリカ軍はこのような低空飛行訓練を行うのか、そしてこのような飛行が許されるのかについて簡単に解説します。


三沢基地にて、アメリカ空軍のF-16「ファイティングファルコン」(画像:アメリカ空軍)。

 F-16といえば、全長約15m、全幅約10m、全高約5mという比較的小型の機体ながら、優れた機動性や兵器運用能力によって高い空対空/空対地戦闘能力を誇る機体として知られています。

 実は、今回話題に上っている三沢基地所属のF-16は、一般のF-16を運用している部隊とはひと味違う特殊な任務を負っていて、これが今回の低空飛行映像と密接にかかわっていると思われます。その特殊な任務とは、敵防空網の制圧です。

「敵防空網制圧(Suppression of Enemy Air Defense:SEAD)」とは、文字通り敵が配備しているレーダーや対空ミサイルの位置を特定してこれらを攻撃、破壊することを指します。これは、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などを経て確立した手法で、敵が配備している防空システムにわざと自らの機体をさらすことで、装備するセンサーによって逆に敵の位置を特定し、そこにミサイルなどで攻撃を行うことによって敵防空網を無力化するというものです。三沢基地にはこのSEADを専門とするアメリカ太平洋空軍唯一の部隊である第35戦闘航空団と、この任務を実施する航空機としてF-16CJ/DJが配備されています。

そもそもそこまで低く飛んでいいものなの?

 ではなぜ三沢基地のF-16は低空飛行をする必要があるのでしょうか。それは、敵のレーダーによる探知を避けるためです。

 基本的に、レーダーから放出される電波は直進します。そのため、地上に設置されているレーダーによって水平線や地平線の上を飛んでいる航空機は探知することができますが、海面や地表ギリギリの高さを飛行する航空機は水平線や地平線の下に隠れてしまい、だんだんとレーダーとの距離が近づいてきて機体が水平線や地平線の上に現れなければ、その探知は非常に難しいのです。また、山間部や渓谷を低空飛行することで山陰に隠れながら飛行を行うことができるため、同様にレーダーによる探知を回避できます。このようにしてレーダーによる探知を回避しながら敵の懐に飛び込み、自機が装備する兵器によって敵の防空システムや施設を破壊するのです。

 ではこうした低空飛行に関して、法的な問題点は存在しないのでしょうか。そもそも日本には「航空法」という法律があり、その第81条には航空機の飛行高度について次のように規定されています。

「航空機は、離陸又は着陸を行う場合を除いて、地上又は水上の人又は物件の安全及び航空機の安全を考慮して国土交通省令で定める高度以下の高度で飛行してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない」

 ここにある「国土交通省令で定める高度」とは、以下とされています。

●国土交通省令で定める航空機の飛行高度
・人又は家屋の密集している地域の上空:当該航空機を中心として水平距離六百メートルの範囲内の最も高い障害物の上端から三百メートルの高度
・人又は家屋のない地域及び広い水面の上空:地上又は水上の人又は物件から百五十メートル以上の距離を保って飛行することのできる高度
・それ以外の地域の上空:地表面又は水面から百五十メートル以上の高度

 つまり、原則的に日本では上記の高度より低高度を飛行することはできないのです。

 しかし、在日アメリカ軍の場合には事情が異なってきます。

ここでも顔を出す「日米地位協定」、航空法は適用除外!

 日本とアメリカとのあいだには、「日米地位協定」というものが結ばれています。これは、日米安保条約に基づき日本に駐留する在日アメリカ軍について、その運用の円滑性を確保するために、日本国内における施設、区域の使用やアメリカ軍の地位について規定したものです。そして、その協定に基づいて在日アメリカ軍が日本国内で実用的、実戦的な訓練を行う環境を整備することで、パイロットなどの技能向上を可能とし、またそうすることで即応体制を維持するために、上記の航空法の一部規則の適用をアメリカ軍機などに関して除外するという内容の「航空特例法(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律)」というものが存在します。これによって、アメリカ軍機に関しては航空法の規制が適用除外となっているのです。


F-16「ファイティングファルコン」は1974年初飛行。南北アメリカ、欧州、アジア、アフリカと、世界の多くの国々で運用されている(画像:アメリカ空軍)。

 しかし、アメリカ軍も自由に低高度を飛行しているわけではなく、飛行ルートにおける危険物などのチェック、低空飛行を運用即応態勢上の必要性から不可欠と認められるものに限定、原子力エネルギー施設や民間空港の回避、人口密集地などに関する考慮、パイロットや機体整備員なども含めた飛行前の事前準備、航空法規定の自発的な適用など、さまざまな影響最小限化策や安全対策などを施しています。

 ただし、それと同時に騒音や安全に関する不安を抱える地元住民への配慮についても、より一層強化していくべきでしょう。

【写真】三沢基地、裏方スタッフも訓練の成果を


在日米軍の三沢基地に所属する、第35航空機整備中隊(いわゆる裏方スタッフ)による、F-16をいかに早く武装させられるかを計るコンペの様子。敵は時計の秒針(画像:アメリカ空軍)。