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■ロキソニンは飲まない

「日本人は風邪で医者にかかっても、とにかく薬をもらいたがる傾向があります。これが実は大きな問題なのです」

こう語るのは、日米の医療システムに詳しい医師でミシガン大学教授(家庭医学)のマイケル・フェターズ氏だ。

「たとえばウィルス性の風邪の場合、抗菌薬(抗生物質)を飲んでも効果はありません。抗菌薬はウィルスではなく細菌を殺す薬だからです。これを使うと逆に、腸にいる良い細菌を殺して下痢になったり、かえって治りが遅くなることもある。

それでも日本では患者が薬を出してもらうことを期待するから、医者も意味がないとわかっていながら処方している。本来は必要がなければ、『薬は出せない』とはっきり伝えるべきです」

フェターズ氏の指摘するように、日本では安易に処方されているけれども、アメリカをはじめとする欧米各国では処方されていない薬の代表は風邪の場合の抗菌薬だ。

そして抗菌薬をむやみに使用すると、さまざまな問題が起きることがわかってきている。

 

神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎氏が語る。

「抗菌薬の処方には、薬剤耐性菌の問題が伴います。抗菌薬を使うと、同時に体内にその耐性菌が増えることになります。要するに抗菌薬を使えば使うほど、抗菌薬が効かない体質になるのです。

このことは、実際の医療現場でも問題になっていて、体が弱って細菌性の病気になった患者さんが薬剤耐性菌のせいで抗菌薬が効かず、苦しむ事態も起きています」

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他にも日本では大量に使われているが、欧米では処方されない薬はたくさんある。たとえば、鎮痛剤のロキソニン。

「この薬は非常に効き目が鋭く、痛み止めとして有効であることは確かです。ただし、消化器への負担も非常に大きいという欠点もあります。

血便が出た患者さんの話をよく聞いてみると、ロキソニンを長期にわたって服用していたケースが実際によくあります。

欧米ではこのような鋭い副作用を懸念してロキソニンはほとんど処方されていません」(ナビタスクリニック・佐藤智彦氏)

「熱冷ましでロキソニンやボルタレンが処方されていますが、胃潰瘍の原因になるほか、腎機能の低下で排尿困難になる可能性もあります。しかも、長く使い続けると心臓のリスクにもなるといわれているので、使い方には注意が必要です」(前出の岩田氏)

■日本とロシアだけの抗がん剤

精神病薬の分野では日本と海外の処方の差ははっきりしている。

たとえばジプレキサという統合失調症の薬が日本ではよく処方されるが、アメリカでは「使用すると肥満や糖尿病が増える」ということで訴訟が起きており、あまり使われていない。

抗がん剤についても、日本の医療はガラパゴス化している面がある。新日本橋石井クリニックの石井光院長が語る。

「抗がん剤にTS1という飲み薬があります。これが今でも飲まれているのは日本とロシアだけです。これは5FUという'50年代に開発された最も古いタイプの抗ガン剤を、注射薬から経口薬に変えただけのもの。

TS1は殺細胞剤とも言われていて、がん細胞だけでなく、それを攻撃するべき免疫細胞まで弱らせてしまいます。TS1でがんの再発予防ができる可能性はほとんどありません。日本ではがん治療における免疫の大切さがまだまだ理解されていないのです」

経済的な面から、アメリカでは使用されていない薬もある。降圧剤のARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)が典型的な例だ。

新潟大学名誉教授の岡田正彦氏が語る。

「アメリカでは高血圧の治療で最初に用いられる薬は利尿剤やカルシウム拮抗薬です。ARBは価格がそれらの薬に比べてはるかに高いのですが、その価格に見合った効果がないと考えられているのです」

アメリカでは民間の保険会社が病院を牛耳っており、コスト意識がしっかりしているのだ。薬剤師の宇多川久美子氏も医療制度の違いが処方の違いに現れると語る。

「日本人が無自覚に薬を飲んでしまうことの理由の一つに、手厚い医療保険制度があります。これは素晴らしい制度でありますが、同時にその薬が本当に必要であるかどうか考えることを妨げている面もある。

アメリカですと、保険がない場合は自費になりますし、保険に入っている人も自分で民間の保険に加入しているので、薬のコストやリスクについて自分でしっかり考える習慣があります」

日本の病院で当たり前に処方されていても、海の向こうでは誰も使っていない――薬の効能は、それほどあやふやなものなのだ。

 

 

「週刊現代」2017年5月27日号より