オーストラリアとスロヴェニアの国境から発車する難民バス 〔PHOTO〕gettyimages

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■受け入れ側の疲労は限界に達している

現在、ドイツに続々と到着している難民は、オーストリアからドイツのバイエルン州に入る。オーストリアが、スロベニアから自国に到着した難民を、せっせとバスで運んでくるのだ。

国境には公式の通過地点が5ヵ所定められており、9月と10月だけで、到着した難民は31万8000人。つまり人口1260万人のバイエルン州には、2ヵ月間、毎日平均5000人がやって来た勘定になる。

受け入れ側の警察、役人、ボランティアは、文字通り休みなしだ。難民の身分証明書をスキャンし、指紋を登録し、健康チェックをし、食事を与え、仮眠所で休息させているうちに、次のバスが到着する。

ベッドが足りなくなると、数時間仮眠した人たちを起こして、チャーターしたバスに乗せ、他州に振り分ける。世話をする人たちは、難民が到着すれば、どんなにくたびれていても放っておくわけにはいかない。

オーストリアからのバスは、しばしば深夜に、それも予告なしに、何百人もの難民を国境に置いていった。そして、このやり方がドイツとオーストリアの間に緊張をもたらし、10月末、デ・メジエール内相が「了解できない」と強く非難した。

それに対してオーストリアのミクルライトナー内相は「ドイツは、難民を他のEU国に戻さないと宣言した唯一のEU国だ。それによって、難民の数が爆発的に増えた」と反論。問題がここまで混乱したのは、ドイツのせいだと言わんばかりだった。

ただ、口には出さなくても、そう感じている国は、実は他にも多い。

しかし、国境で難民の怒涛の中に身を置いている警官や役人やボランティアにしてみれば、このような責任の擦りつけあいは机上の空論でしかない。

深夜の寒さの中、戸外で何時間も待たせれば、赤ん坊や年寄りは弱る。下手をすると死んでしまうかもしれない。だから、クタクタになってようやく帰宅した職員のところに、「また500人到着した。すぐに出動して欲しい」というようなSOSが入ることも珍しくないらしい。彼らの疲労は限界に達している。

■ダブリン協定を壊したメルケル首相の「人道主義」

EUの難民政策を定めているダブリン協定によれば、本来、難民はEU圏に入ったら、その最初の国で難民申請をしなければならない。そして、その最初の国が登録やら衣食住の世話など、初期対応を引き受けることになっている。

もちろん、不公平な協定だ。しかし、この協定ができた頃は、まさかアフリカ人が地中海をボロ船で渡って来るとか、アラブ人がギリシャからバルカン半島を北上して来るなどとは、誰も想像もしていなかったのだ。

しかし事情は変わり、現実として、イタリア、ギリシャ、ハンガリーといったEUの外壁になっている国に、想像を絶するほどたくさんの難民が溜まってしまった。そこで、その惨状を見かねたドイツのメルケル首相が、「ハンガリーから出られなくなっている難民を引き受ける」といったのが9月の初めだ。

また、今までの規則では、難民が他のEU国を通過して来た場合、その国に差し戻してよいという決まりだったが、ドイツはこのとき、難民を追い返すこともしないと宣言した。

これにより、メルケル首相は「人道的」であると賞賛され、ドイツ人自身も束の間ではあったが、自分たちの寛大さに酔った。そして、これは同時に、ダブリン協定の終焉をも意味した。

ダブリン協定はどのみち無理がある。だから、それを壊したドイツが、より良い難民対応策を生み出せれば問題はなかった。しかし現実には、そうはならなかった。

難民で窒息しそうになっていた国々は、「ドイツが受け入れてくれるなら、これ幸い」とばかりに自分たちの国に入ってくる難民をどんどんドイツに移送し始めた。もとより難民もドイツに行きたいのだから願ったり叶ったりで、難民の数は爆発的に増えた。

ドイツが自分の蒔いた種でパニックに陥るまでに、長い時間はかからなかった。慌ててオーストリア国境で入国審査を始めたが、しかし、難民の流入はもう止められなかった。

難民の輸送を斡旋する犯罪組織が勢いづき、ゴムボートはひっきりなしにトルコからギリシャへ難民を運び、そこからドイツへと続く道が難民街道となった。これまで難民で混乱していた国は限定的だったが、以来、多くの国が当事国になってしまった。

■EUは静かに崩壊に向かっている

11月2日、国連のUNHCR(難民高等弁務官事務所)が発表したところによると、地中海経由でEUに入った難民の数は10月だけで21万8000人で、去年一年分よりも多かった。そしてUNHCRも、この極端な増加を「ドイツの寛大な難民政策のせい」と理由付けた。ちなみにドイツでの難民申請数は、10月までにすでに80万人を超えた。

難民の波に音を上げたハンガリーは、セルビアとクロアチアとの国境に柵を作り、先月、ついに全国境を閉じた。オルバン首相曰く、「ハンガリーは傍観者となった」。ハンガリーを経由できなくなった難民はルートを変更し、セルビアからクロアチア、スロベニア経由でオーストリアへと向かった。

すると、今度はスロベニア、クロアチアがお手上げ状態となった。流入を防ごうにも、あまりの人数にその手だてがない。入ってきた難民のケアをしつつ、無事通り抜けさせるだけでも大変なことだ。

夜の気温は零下すれすれで、すでに死者も出ている。まさに惨状である。クロアチアは今週、難民が仮眠するための暖房付きテント群を突貫工事で作った。

その難民がたどり着くのがオーストリアだ。オーストリアはすでに多くの難民を受け入れているが、ここに現在、スロベニアから、毎日6500~7000人の難民が到着する。しかし、これ以上、難民が増え続けると国内の治安が保てなくなるとして、ここへ来て、スロベニアとの国境に柵を作ることを検討し始めた。

もし、オーストリアが入国者を制限すれば、スロベニアもこれ以上難民が自国に入らないよう、軍隊を動員してでもクロアチアとの国境を防衛することになるだろう。

一つ国境が閉じれば、連鎖反応で難民街道はさらに悲惨なことになる。オーストリアのファイマン首相はすでに、「EUの静かな崩壊」に言及している。

■このままではドイツ全体が共倒れになってしまう

難民問題で意見統一ができないのはEUの国々だけではない。ドイツ政府は現在3党連立だが、ここでも三つ巴の対立だ。

メルケル首相(CDU)は依然として、政治難民の受け入れ数に上限は作らないと言い張っているが、このままではドイツ全体が共倒れになってしまうと、姉妹党CSUが警鐘を鳴らしている。

CSUはバイエルン州が根城で、難民で一番大きな困難を背負いこんでいるので、その発言には現実味がある。そのうえ、CSUの意見に賛同する政治家が、メルケル氏のCDUの中にもたくさんいる。

11月1日、両党は8時間の協議の上、①オーストリアとドイツの国境のところにトランジットゾーンを作り、そこで難民資格のない人間を選り分ける、②選り分けた人たちを早急に強制送還する、③ドイツが難民として受け入れる人たちの家族の呼び寄せを2年間凍結する、という3点で合意を見た。

ところが、このトランジットゾーンのアイデアに、もう一つの連立党であるSPDが猛反対をしているからややこしい。

SPDの主張は、トランジットゾーンは擬似刑務所であり、そんなものを作れば、不法入国に拍車がかかるだけだ、というもの。ただ、SPDのこの攻撃は、"CDUとCSUの言うことには何が何でも反対"といういつもの悪い癖が出ているだけのようにも見える。

不法入国者は、SPDが心配するまでもなく、確かに多い。連邦警察の発表では、オーストリアとドイツの国境で、10月26日の1日だけで、1万1154人の密入国者が摘発されたという。

■これが21世紀のEUの現実なのか

ドイツの内憂は他にもある。国内で台頭する難民排斥の気運だ。

今年になって、難民の宿舎が放火される事件が340件以上あり、最近は、難民が襲撃されて病院に担ぎ込まれるという事件も複数起こっている。多くの国民は、増え続ける難民に不安を覚えており、メルケル首相の無制限受け入れの方針から、徐々に距離を取り始めている。

難民問題の解決策は、EUレベルでも、各国レベルでも、何も決まっていない。その目処さえない。しかし、現実として、今、難民が凍えている。だから、まずは、彼らが寒さをしのげる場所を作るのが最優先事項だろう。本格的な冬はこれからだ。

難民救済は、冬将軍の到来との競争となりつつある。これが21世紀のEUの現実なのである。

著者: 川口マーン惠美
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