1987年にベルリンの壁の前で演説する米国のレーガン大統領(当時)。レーガン大統領は執拗なインフレを退治し、米国を長期的な繁栄に導いた(資料写真、出所:)


このところ資産運用の世界で、大きなパラダイムシフトが起こりつつある。長年続いた低金利の時代が終わり、金利上昇が本格化するのではないかとの見方が台頭してきているのだ。

もしこの転換が本物だった場合、個人の資産運用は抜本的な転換を迫られることになる。金利が上昇し、インフレが進む局面において、銀行預金に依存し過ぎることはリスク要因となる

そこでこの集中連載では3回にわたって、新しい時代を迎えつつある個人の資産運用と金利の動向について論じてきた。第1回は投資に際して「金利」の動向をつかむことの重要性について、1980年代のバブル崩壊やリーマンンショックなどを例に解説し、第2回は金利が持つ本質的なメカニズムについて述べた。

(第1回)「資産家がわざわざローンを組んで不動産を買う理由」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49620
(第2回)「あなたは『金利』の正体を知っていますか?」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49631

最終回は、過去100年間の金利動向などから、今、発生しつつある金利上昇というパラダイムシフトについて探っていく。

なお、2月に上梓した『最強のお金運用術』(SBクリエイティブ)では金利についてさらに詳しく解説しているので、参照していただきたい。

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米国の金利が上昇している本当の理由

これまで解説してきたように、金利の動向というものは、その国全体の経済成長率と密接に関係している。短期的には金利は様々な要因で上下変動するが、長い目で見れば、長期金利の水準は、その国の名目成長率に収れんしていく。

第2次大戦以降、世界経済は基本的に米国を中心に回っており、基本的な図式は今も変わっていない。それどころかトランプ政権の誕生によってその傾向がさらに顕著になる可能性も高まっている。米国という大きな市場から見れば、日本はアジアの地域経済に過ぎず、最終的な景気動向は米国に大きく左右される。つまり、今後の日本経済について理解するためには、米国の金利動向の分析が不可欠となる。

トランプ政権の誕生以降、米国では金利がジワジワと上昇を続けている。FRB(連邦準備制度理事会)も3月のFOMC(連邦公開市場委員会)において、大方の予想通り利上げを決定した。このところの金利上昇は、トランプ政権が公約に掲げる大規模な経済対策への期待によるものとされている。

マクロ経済的には、大規模な減税やインフラ投資は金利の上昇要因となるので、これらに対する期待で金利が上がっているという話はあながちウソではないだろう。だが重要なのはその先である。もしトランプ政権の経済政策に対する期待のみで金利が上がっているのだとすると、政策に対する期待が落ち着いてくれば、金利もある程度のところに収束することになる。

だが、もっと大きな理由で金利の上昇が進んでいるのだとすると、金利上昇の期間はより長期的となり、トランプ政権の経済政策はこの動きをさらに加速する役割を果たす。どちらが本当なのか判断するためには、金利の歴史的な推移について知っておく必要があるだろう。

米国の金利は過去100年で2回のピークを付けている

下の図は、米国における過去100年間の長期金利の推移を示したグラフである。長期金利のデータについては、1919年までは当時の中核的な金融商品だった鉄道債の金利を、1920年以降については米国債の金利を使用している。またダウ平均株価は、値上がりが激しいので対数表記にした。

米国における過去100年間の長期金利の推移


(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49646

このグラフを見ると、米国の長期金利にはピークとボトムが2回ずつあることが分かる。1回目のピークは世界恐慌前の1920年前後で、この時期、長期国債の金利は5%を突破している。その後、世界恐慌に突入したことで金利は低下。ニューディール政策の実施に伴い景気は回復したものの、その後も金利はあまり上昇しなかった。

戦後の高度成長がスタートすると金利は上昇を開始。しばらくは経済成長に伴って金利も上がるという状況が続いたが、1970年代に入ってこの状況に変化が生じてきた。その原因は米国で発生した深刻なスタグフレーション(経済の低成長とインフレが同時に進むこと)である。

当時の米国は経済成長が鈍化したにもかかわらず、物価上昇のペースはむしろ加速した。米国の消費者物価指数は10年間で約2倍になったが、株価は横ばいが続き、実質ベースでは大幅な下落であった。ベトナム戦争の後遺症で経済が疲弊していたことや、オイルショックによる輸入物価の上昇、米国企業の競争力低下など悪い材料が目白押しとなっており、歴史的に見ても70年代は米国にとって最悪の時代の1つだった。

長期金利は一時14%という驚異的な水準まで上昇していたが、この執拗なインフレを退治し、米国を長期的な繁栄に導いたのがレーガン大統領である。

金利が底を打つタイミングは間もなく?

レーガン政権誕生と前後してFRB議長に就任したポール・ボルカー氏(のちにオバマ政権ではボルカー・ルールと呼ばれる金融規制強化に尽力した)は、政策金利(FF金利)を20%近くまで引き上げるなど、強烈な金融引き締め策を実施。市場では一気にドル高が進み、米国のインフレはようやく沈静化した。

一方、レーガン大統領は、「高金利、ドル高、緊縮財政、減税、規制緩和」の5つからなる新しい経済政策(レーガノミクス)を打ち出した。これまで需要サイドに偏っていた経済政策を供給サイドにシフトし、徹底した規制緩和を通じて、容赦なく企業を競争環境に放り込んだのである。

レーガノミクスを実施した当初は、米国経済は大混乱となったが、やがて企業の競争力は強化され、米国経済は力強く蘇った。米国の株価はその後、めざましい上昇を続け、ダウ平均株価は35年間で約20倍になった。その間、金利は一貫して下がり続け、現在に至っている。リーマンンショックは大きな出来事ではあったが、長期的に見れば、長い金利低下局面の一部分でしかない。

金利の上昇や低下にサイクル的な動きがあるのだとすると、永久に金利が下がり続けるとは考えにくい。どこかで金利が反転する局面がやってきてもおかしくないはずだ。

金利の低下が始まってから今年で36年になるが、1940年の金利のボトムから1980年の金利上昇までの期間が約40年だったことを考えると、そろそろ金利は底を打つタイミングかもしれない

今の経済環境は金利が反転した1940年代とよく似ている

それだけではない。トランプ政権を取り巻く経済的環境は、金利が緩やかに反転上昇を開始した1940年代とよく似ているのだ。

大恐慌後に就任したフランクリン・ルーズベルト大統領は、需要不足と労働者の失業問題を解決するため、ニューディール政策と呼ばれる大規模なインフラ投資を行った。

現在の米国はリーマン・ショックから立ち直り、ほぼ完全雇用に近いレベルまで失業率が下がったものの、雇用のミスマッチは依然として続いている。目的や状況は異なるかもしれないが、需要サイドを重視し、労働者に意図的に仕事を分配するという点において、トランプ氏の政策はニューディール政策に近い。

大規模な国債増発を伴うニューディール政策は金利を上昇させるはずだが、意外にもニューディール以後の米国経済において、顕著な金利上昇は見られなかった。その理由は、米国政府が金利を一定水準以上には上昇させない「金利の釘付け政策」を1951年まで継続していたからである。景気の回復局面であるにもかかわらず、米国政府は意図的に金利上昇を抑制していたのである。

同じような傾向はトランプ政権にも見られる。トランプ政権の経済政策は金利上昇とドル高をもたらすが、これが行き過ぎれば景気の腰を折ってしまう。トランプ政権はこれを警戒し、過度なドル高を牽制する発言を繰り返し行っている。穿った見方をすれば、日本や中国の通商政策を批判することで過度なドル高を抑制し、米国内の景気拡大を後押ししているともいえる。

もし一連の状況が1940年代と同じであれば、いずれ金利は顕著に上昇する局面がやってくることになる。

本当に長期的に金利が上昇するのか、現時点ではまだ分からないが、備えだけはしておく必要があるだろう。もし長期的な金利上昇がスタートした場合、資産運用の環境は180度変わってしまうからである。

金利の上昇局面において、銀行預金に依存した資産運用はリスクが大きい。インフレで資産を目減りさせる事態を避けるためには、米国や日本の株式、あるいは不動産など、インフレに強い資産に分散して投資していく必要がある。長い目で見た場合、2017年は長期的な資産運用の転換点となっているかもしれない。

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筆者:加谷 珪一